用しない特典だ!
若い、男まえの、支那人の医者が、骨ばかりの右の足のさきに、繃帯を巻いていた。巻かれながら親爺はうめいた。
医者は、一見、日本人のような感じがした。親爺のちぎれた趾《あしゆび》からは、紅い血が、ガーゼで拭かれたあとへ、スッスッと涌きあがった。白い繃帯は、巻くそばから紅く染った。
監守の支那人が、いまいましげな顔をしてそばに立っていた。幹太郎が這入って行くと、領事館からついてきた、帽子にエビ茶の鉢巻のついた若い巡査は、二人が、ちょっと顔を見合して室外に出た。幹太郎が、「快上快」を親爺に与えるために持ってきた。それで巡査は気をきかして場をはずした。――そのことは、幹太郎の方へも、すぐ感じられた。
親爺は餓死した屍のように、かん[#「かん」に傍点]骨はとび上がり、眼窩は奥の方へ窪んで、喘ぎ/\呻いていた。
「いっそ、この際、再び麻酔薬を与えぬように我慢をさして、悪い習慣を打ちきる方がいゝんだ!」と息子は思った。
親爺は病的に落ち窪んだ眼で、息子を認めると、扉の外の巡査に聞えるのもかまわず、むずかる子供のように「快上快」を求めた。
「チェッ! 仕方がないなア!」
薬
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