すか?」彼は怒ったような声を出した。
「これを持って行かなきゃ駄目なんだよ。」虫がつめた子供のような母は、門鑑の巡警の前に立っていた。「これがなけりゃ駄目なんだよ。」
 帯の間から、小さい、紙の小匣《こばこ》を取り出した。「快上快《クワイシャンクワイ》」だ。
「家は大丈夫ですか?」
 幹太郎は、云いたくないと思いながら、やはり中津が気にかゝって口に出してしまった。
 母は、何をきかれたのか解しかねて黙っていた。
「家は、すゞと俊で大丈夫ですか?」
「あゝ」と母は無心に云った。「今、さっき、出しなに、長さんが、すれちがいにやって来た。大丈夫だよ。」
「中津がやって来た!――何をやり出されるか分らんじゃないですか!」
「……。」
「あんたは、こゝからお帰ンなさい。」幹太郎は小さい行きがかりの感情にこだわっていられないと思った。きっぱり云った。
「お父さんは、どうなんだろう。」母は躊躇した。
「すゞと俊では、どんなことをせられるか油断がならんじゃありませんか。」
「でも……」
 やはり、夫が気にかゝるらしかった。どうなとなれ! これ以上強いることは出来なかった。母は病院へ急ぐ彼のあとから、詰
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