ていないのは母だった。それが、彼は不満だった。母は、わざと、中津を家に引き入れているように見えた。彼は母と対立した。その気持は、知らず/\、言葉となって母が感じたかもしれない。
 ある晩、マッチ工場の社宅に、六畳の物置が一と間だけ、あけて貰えるから、そこへ金目のものだけを持って避難していてはどうか、と話していた。母は、突然、中津を好きやこのんで家へ引っぱりこんでいるのではないんだ、と云いだした。幹太郎は、その鋭鋒が、自分にあたって来るのを感じた。
「一体なんで気持をこじらしているんだろう? おッ母アが、中津と通じたとでも、俺が、一度でも、もらしたためしがあるんか?」と幹太郎は思った。「馬鹿らしい、見当ちがいだ!」
 彼は、こんな場合の例で、黙りこんでしまった。
「嫌いなら、なんにも、社宅へなんか行かなくってもいゝんだ。」
 彼は、簡単に云った。それ切り黙りこんだ。母は、ヒステリックに、嫁に来て以来、竹三郎のことや、お前達のことを心配しない日は一日だってないんだ。それを、支那へまでやってきて、こんなツラさをするのは一体誰のせいだ! と泣き狂いになった。
 変に、家の中の機構が、トンチンカ
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