二三

 中山服のデモの群れに、支那将校が、瓜で口をもぐ/\動かしていた。市街《まち》は、さまざまな伝単の陳列会だ。剥げ落ちた朱門の上で、細長い竿の青天白日旗が、大きく風をはらんでいる。
 びっこの中津は、山東軍の綿服を、大褂児《タアコアル》に着かえた。彼は城内を出た。そして、張宗昌の落ちのびる列車に乗らず、商埠地にとゞまっていた。
 最近、張宗昌は、あの太い頸をねじ曲げるようにして、彼と視線がカチ合うのを避けた。ロシア人のミルクロフもよくなかった。いゝのは、第十五夫人の弟の蔡徳樹《サイトウシュ》である。中津は、すゞに未練を残して宿州へ出かけて以来、前々から抱いていた直感をたしかめた。
「やっぱし俺を好かなくなりやがったんだな。」
 張は、彼に、ものを云わなかった。やって来た旨を述べても、たゞ会釈したのみだ。
「好かなけゃ、すかなくってもいゝさ。」と彼は考えた。
「人間の好悪の感情は、自分自身でも、どうにも支配のしようがないもんだ。それくらいのことは俺にだってある。分りきった話だ。」
 それでも、彼はいくらか、やけくそになった。昔の本性を現わした。張大人に相談もせず、臨城で退却して来
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