ないか! 何故、君等は、こんなものを撤退することを要求しなかったか!」
「は、……」
 自動車の傍の馬上の男も、参謀か、師長であるらしかった。
「早速、こんなものを、全然撤退してしまうよう、厳重に抗議しなけゃならん!」
 拒馬の間をくゞりぬけると、自動車の速力は加わった。こくりこくりしかけていた少年兵は、ふと頭をゴツンと打って眼をあけた。一隊は城内に向って疾駆した。
 これが、一年前在モスクワの息子経国から「……いまやあなたは支那国民の敵となった。父上あなたは、反革命の英雄であり、新しき軍閥の頭領であります。あなたは上海において労働者を虐殺しました。これに対して全世界のブルジョアはむろん歓迎の辞を以てあなたを呼びかけるでしょう、帝国主義者は、数多の贈物をもたらすでしょう。しかし、プロレタリアートが一方に厳存していることを、ゆめ、忘れては下さるな! 父上、あなたはクーデターによって一世の英雄となった。しかし、あなたの勝利は一時的なものと信じます。父よ! コンミニストは日を逐うて、戦いの用意を整えている……」この悲痛な手紙を突きつけられた、裏切者、蒋介石の軍司令部の一行だった。

    
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