から、事務室の計算係にまわされた。彼は帳簿に頸を埋めた。朝から晩まで、ソロバンばかりはじいていた。これは、寛大な処置だったのである。
 親爺は、十日をすぎて、まだ、領事館警察の留置場から出てきなかった。
 ヘロのきれたその肉体は、地獄よりもツラかった。監視巡査の恥じッかゝしと、軽蔑ばかりの中で、恥をかまっていられず、疼《うず》くような呻吟をつゞけていた。
 工場では、幹太郎を、不穏な工人の肩を持つものと睨んだ。支配人も、職長も、古参の社員も、嫌悪した。支那人ならとっくに頸が飛んでいるところだろう。日本人同志で大目に見られた。
 総工会《ソンコンホイ》系の煽動者が、市中に潜入している。それは、単なる噂ではない。事実である。そして工場は内外共に多事だった。
 いつの間にか、外塀や、電柱に、伝単がベタベタ貼りさがされていた。
 漫画の入った伝単が、製粉工場に振りまかれた。
 火柴公司《ホサイコンス》では煽動者の潜入を警戒した。工場の出入は、極度に厳重になった。内部の者を外へ出さないばかりでなかった。外部の者を、一人も内部へ入れなかった。そして、内部と外部との境界線は、武装した兵士と、雇い巡警
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