。
村で、間もなく麦が実ることを思い、すこし、ボケかけた親爺がどうしているかな、――と考える者もあった。
「王洪吉《ワンコウチ》の女房、こないだ、女の子供、産んだ。」
日本語の分る時以礼は、人のよげな、いくらか顔にしまりがない、落胆した、恨めしげな王を指して、兵士達に話した。
「ふむ、お産をしたんだね。」
二十人あまりの兵士の視線が、王一人に集中された。王はかくれてしまいたげな、気の弱い表情をした。
「王、ゼニない、女房ゼニない。職長ゼニ呉れない。」
「ふむ、賃銀をよこさないんだね。工場が。」
「王のおッ母ア、上の子供をおんぶして、工場へ泣いて来る。社員、おッ母アと、王とあわせない。」
「ふむ。」
「ゼニやれない、やるゼニない。」
「ふむ。」
「女房、飯、食えない。ちゝ出ない。赤ん坊泣く。」
「ふむ。」
「赤ン坊、六日間、泣き通した。女房、腹がへる。湯ばかりのむ、湯、腹がおきない。眼まいする。十日目、朝、赤ン坊泣かない。起きて見た。赤ン坊、死んでいる。おッ母ア、工場へ飛んできた。それでも巡警、王にあわせない。柵のすきまから、おッ母ァ、話をした。王、なかできいていた。王、家へ帰れな
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