畜をみずかっても、自分の所得となるものは、何一ツなかった。旱魃《かんばつ》があった。雲霞《うんか》のような蝗虫《いなご》の発生があった。収穫はすべて武器を持った者に取りあげられてしまった。
ある者は、土地も、家も、家畜も売り払って、東三省へ移住した。多くの者が移住した。――その移住の途中で、行軍する暴兵に掴まって、僅かの路銀を取りあげられた。そして、それから向うへは行けなくなった。そんな者が工人として這入りこんでいた。
ある者は、家族を村に残して出稼《でかせぎ》に来ていた。残っている家族は、樹の根をかじったり、草葉を喰ったりしていた。石の粉を食って死ぬ者もあった。
「あの、俺の町の、場末の煤煙だらけの家に残っているおッ母アも、手袋を縫って、やっと、おまんまを食っているんだ。」と、のんきな、馬鹿者の高取も、しみじみした気持になった。
「……こうっと、六十三歳にもなっていたかな。……もう、皺だらけのおッ母アのところへ遊びに来る助平爺もあるめえ! 誰れも相手にしちゃ呉れめえ! 手袋を縫うだけで、腹いっぱい飯が食えるかな。」
兵士達は、ここの工人と、自分等の内地に於ける生活とを思い較べた
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