、工人がもう一カ月も、この工場の一廓から一歩も外へ出ることを許されずにいるのを知った。月給を貰っていなかった。幼年工のなかには、一番年下の、六歳になるものが七人もいた。その五人までは、十元か十二元で、永久に買いとられた者だった。そんな子供が、やせて[#「やせて」に傍点]、あばら骨が見えるような胸を、上衣をぬいで、懸命に、軸木を小函につめていた。マッチの小函を握りかねるような、小さい手をしていた。
 腰掛の下にもう一ツ、台を置いて貰わないと、仕事台に、せいが届かなかった。
「俺等も、やっぱし、これぐらいな六ツか七ツの時から、仕事をしろ、仕事をしろと、親爺に叱られて育ってきたものだ。」と、夜中の一時頃に起きて仕事にかゝる、製麺屋の玉田は、幼時のことを考えていた。「しかし、俺等は、身体ぐち売られやしなかった!」
 工人の多くは田舎の百姓上りだ。それが、百姓をやめて工人となっていた。百姓は、工人よりも、もっとみじめだった。
 百姓は、各国の帝国主義に尻押しをされて、絶えまなく小競合《こぜりあい》を繰りかえす軍閥の苛斂誅求《かれんちゅうきゅう》と、土匪や、敗残兵の掠奪に、いくら耕しても、いくら家
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