ねる日本語で語りつゞけた。「回々教徒、人悪るい、ちちくりながら、ひとの[#「ひとの」に傍点]ツメたマッチ函、かッぱらって、自分のツメた函にする函多い。金多い。」
 時以礼《シイリイ》という工人である。蒼ざめて、骨まで細くなったような、おやじ[#「おやじ」に傍点]に見える男だ。年をきくと、三十一歳だった。まだ若い。
「ふむむ、暗くなると男工と女工がちゝくり合うんだね。その騒ぎにつけこんで、回々教徒が、人がつめたマッチを、自分がつめたようにかっぱらうんだな。なる程、面白い、面白い。」と高取は頷ずいた。「もっとやれ、もっと何か話をしろ!」
 工人は、だんだんに兵タイを怖がらなくなった。兵士は、大蒜《にんにく》と、脂肪と、変な煙草のような匂いのする工人の周囲に輪を描いた。
「あの、窩棚《ウオバン》の向うの兵営のそのさきに、英吉利人のヘアネット工場ある、私の妹、そこの女工、毎日、ふけ[#「ふけ」に傍点]とゴミばかり吸う」と、時以礼はつづけた。「妹、髪と、ゴミくさい。胸、悪るい。肺病。ヘアネットの髪、田舎の辮髪者の髪、三銭か四銭で切らして、仲買人、公司《かいしゃ》へ持って来て売る。辮髪切らない者、
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