二十分が経過した。ようよう馬丁の爺さんが、うやうやしげな腰つきで、新らしいサル又を持ってはいった。乾いたタオルがいる。
「一と晩だけでいい、垢を洗い落して、サッパリした蒲団でねてみたいなア!」
「ゼイタクぬかすな。俺《おい》らにゃ、そんなことナニヌネノだ、とよ。」
 製氷所の機械場では、黄ろいホコリをかむった蟇のような靴を、マメだらけの足にひっかけて兵士達が、しびれをきらして、自分達の番を待ち、待っていた。
 夕暮れは白く迫ってきた。

     二〇

 籠のカナリヤが軒で囀《さえず》っていた。
 大陸の気温は、夜になると、急激にさがってくる。
 肌の襦袢がつめたくッて気持が悪い。工人は自分が食えなくっても、小鳥をば可愛がっていた。不思議な趣味だった。
「ふむ、なる程、なる程、面白い!」と高取は頷《うな》ずいた。
「もっとやれ、もっと何か話をしろ!」
 彼の声は怒るようだった。依然としてあたりを憚らなかった。
「回々《フイ/\》教徒、人悪るい。よろしくない。冬、日が短い。暗くなる早い。電気つかない。工場暗い。われ/\顔見えない。男と女、いつもちちくる。始める。」鼻づまりの工人が分りか
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