ンあがった。
「どうしたんでえ?」
連隊中の顔を知らない者はない高取は、のんきげに、素裸体《すっぱだか》の一等卒にきいた。
「旅団副官だ。」
「副官が、どうしたちゅうんでえ?」
十四人は、扉の前で立止った。何だろう?
扉は、内から、ぐいと押しあけられた。
副官章を肩からはすかいにかけた、目立って鼻すじの通った貴族的な、中尉の顔が、兵士達の前に立ちはだかった。
副官は、剣吊りボタンをはずして、ぞろぞろ押しよせた十四人を、いぶかし気に睨みまわした――何ごとだ。何でこんな厚かましい奴らが大勢やってきたんだろう!
「閣下がおいでになるんだ! 帰れ! 帰れ!」
彼はきれるような声を出した。
「不埒《ふらち》な奴め! 帰れ! 帰れッ!」
十四人は冴えた音声に斬りつけられた。
「チェッ!」
高取はあっけにとられた。渡し場で舟に乗ることを拒まれた旅人のように、眼のさきの風呂場を、残念げに眺めた。そして、通ってきた雑草の広場を眺めかえした。
「チェッ! どうしたんでえ?」彼は口のうちで呟《つぶや》いた。
「くそッ! 誰だって人間なら、汗や垢が、ぬるぬるして気持が悪いなァ同じこった! チッ
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