可愛い顔をしている。」
「よし、俺も行って垢を落してきよう。」
「俺も行くよ。」
「俺も行く。」
彼等は、泥棒をやる時の愉快さを知っていた。靴紐を結ばずに、靴の中へなでこんだ。十四人が、汗のにじんだ手拭をさげ、石鹸は一ツも持たずに、マッチ工場から、貧民窟とは反対側の雑草が青濃く茂っている広場を横ぎった。――チット人数が多すぎるぞ。が、一人をやめさすのなら、十四人がみなやめなければならなかった。赤い屋根の上に、巨大な貯水タンクがのっかっている。そこが製氷公司だ。
一町あまりも距っていた。
そこは、蛋粉工場へ行った中隊の方に近かった。門を這入る。ポンプが動いていた。
ふと、赤煉瓦建ての扉のうちから、将校らしいきれるように冴えた音声が呶鳴った。顔見知りの一等卒が、蛸《たこ》をゆでたように、真赤になって、似指《ちんぼこ》を振りだしのまゝとび出してきた。猫をつまむように、軍衣袴《ぐんいこ》と、襦袢|袴下《こした》をつまんでいた。
「何中隊のやつだッ!」扉の中から、きれるような声がひびいた。「人の迷惑も考えないのか! 今ごろから、早や、人の家に厄介をかける奴があるかッ!」
語尾が、カンカ
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