区別がついていた。兵士は麦飯だ。将校は米だった。苦楽を共にするのは兵士たちの間だけに於けることだ。彼らは、久しく入浴しなかった。将校は、毎日、製氷公司《チビンコンス》で風呂を立てゝいた。製氷公司の社員からビールや、菓子や、お茶を御馳走されて、牛のよだれのような長話をつゞけていた。兵士たちは、あとから、あいたら這入ろうと思っても、牛のよだれが長くって、はいるひまがなかった。彼等がはいれる頃には、もう晩がおそくなりすぎていた。
 ある時、上衣を紛失《なく》した上川が、ぬれ手拭をさげ、風呂からあがりたての、桜色の皮膚で帰って来た。こっそり、おさきに這入ってきたのだ。愉快がった。
「製氷会社の奥さんは、金すじが光っとったって、光っていなくたって、何も区別をつけやしないんだ。タンツボにだって、あいているから、さきおはいんなさいって云ってるよ。居留民保護という段になりゃ、ベタ金だって、タンツボだって、働きに変りはねえからな。……ちゃんと、こら、俺れゃ、一番風呂に失敬してやった。」
「まだ、誰れも来ていなかったかい?」
「うむ、来ていない。」
「製氷会社の奥さんは、若い奥さんだね。」
「うむ、一寸、
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