さいな》まれ、酷使されている。内地の職場にも、飢餓と、酷使と、搾取がある。失業地獄がある。支那へ来ても、また、同様なことがある。彼等は、労働者、農民の出身である彼等は、どんな場合のどんな瞬間に於ても、苦悩から脱却することは出来ないのだ。自分の生命を削らずに、生きて行くことは出来ないのだ。「そうだ、どうすれば、この邪魔になる重い足枷《あしかせ》を断ち切ることが出来るか!」
 と、高取は考えた。彼は、誰れにすゝめられるともなく、マッチ工場の作業場に出入した。ドロドロの黄燐を冷す裸体の旋風器がまわっている。無頓着な工人は、旋風器の羽に、頭を斬られそうだ。
 当直士官は、作業場への出入に対して、二三言を費した。兵士たちは、おとなしくそれをきいた。が、二三日たつと、又、作業場や、支那街を物ずきにほっついた。言葉は分らなかった。眼と眼が語りあった。顔と眼[#黒島伝治全集では「顔と顔」]が感情を表現した。
 将校との対立は、いつとはなしに深くなっていた。上陸前に工藤が片づけられている。それが一層将校に近づき難い感じを与えた。それが、目前のカタキだ。
 入浴も、飯も、勤務時間も、休む寝床も、はッきりと
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