、けずり取ってのむ。この函に十函ぶんのむ。死ぬる。日本、ネコイラズ、中国黄燐マッチ……」
「ふむむ、……それだけ日本語が分りゃ、話が出来るじゃないか。」高取があたりかまわぬ声を出した。
「その支那人を、ここへつれてこんか、話してやろうぜ。面白いじゃないか。」

     一九

 昼につゞく夜の勤務があった。
 夜につゞく昼の勤務があった。ねるひまもない。
 兵士達は、汗と垢でドロドロになった。水がない。あっても、極《ご》く僅かしかない。濁って、生《なま》でのめるようなしろものじゃなかった。のんだら、胃と腸が、雷のように鳴り出すだろう。
 彼らは長いこと入浴しなかった。七日間、いや、もう十五日以上。
 内地を出発する前日に、炊事場の隣の入浴場で、汗とホコリを流した。それきりだ。
 窓のない、支那風の暗い寄宿舎には、男ばかりのくさい息がこもった。連日の勤務、不自由と、過労と、苦るしみによって、工場は守られている。それからひいて、この物資の豊かな山東地方をブルジョアジーは、わが物に確保しようとたくらんでいる。兵士たちは、内地で、自分を搾取するブルジョアジーの利益のために、支那へ来ても、苛《
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