た。工人は一日の作業高を出勤簿に記入して貰う。食事札を受取る。そのどよめきと、せり合いが金属的な支那語と共に、把頭《バトウ》の机の周囲で起った。
 あたりは薄暗くなっていた。
「ここじゃ、相変らず温順そのものだな。」
 山崎は、もみ合っている工人達をじろりと一瞥《いちべつ》した。そしてささやいた。
「そこどころか、……幹部にまで不穏な奴があるんだから。」
 小山が答えた。
「ふむむ、総工会のまわし者がもぐりこんどるかどうかは、なか/\吾々日本人にゃ分からんもんだ。用心しないと。」
「なに、そんなもぐりこみなら、囮《おとり》を使やアすぐ分るさ。」
「ところが、此頃は、その囮に、又囮をつけなきゃあぶなくなっていますよ。」
「チェッ! 如何にも訳が分らねえや。」
 小山はつゞけて咳をした。そこらへ痰を吐きちらした。
 三人は事務室へ這入った。そこも燐や、硫黄や、塩酸加里などの影響を受けて、すべてが色褪せ、机の板は、もく目ともく目の間が腐蝕し、灰色に黝《くろ》ずんでいた。
 三円で払下げを受けた一|挺《ちょう》の古鉄砲を、五十円で、何千挺か張宗昌に売りつけた仲間の一人の内川は、憂鬱で心配げな暗
前へ 次へ
全246ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング