、上川の軍衣は発見されなかった。
 ここでも、早速、内地における軍隊生活と、同じ軍隊の生活は初められた。彼等の飯は彼等が炊《た》いた。部屋の掃除も、便所の掃除も、被服の手入れも、歩哨勤務も、警戒勤務も、すべて彼等がやった。初年兵と二年兵の区別は、いくらかすくなくなった。が、やはり存在した。兵卒と下士の区別、兵卒と将校の区別は、勿論厳として存在した。
「寝ろ、寝ろ! 寝るが勝ちだ。」
 マッチ工場の寄宿舎から、工人を他の一棟へ追いやって、そこの高梁《コウリャン》稈《かん》のアンペラに毛布を拡げ、背嚢か、携帯天幕の巻いたやつを枕にして、横たわった。実に、長いこと、彼等は、眠るということをせず、いろ/\さま/″\な作業を、記憶しきれない程やったもんだ。一週間も、もっと、それ以上も睡眠と忘却の時間を省いて労働と変転とを継続した気がした。十日間、いや、二十日間。
「ここは、たゞ、家屋の広い適当なやつがほかにない関係上、泊るだけだから、」当直士官は、誠《まこと》しやかな注意をした。「ここの、工場の支那人とは、あんまり接触してはいけない。殊に、マッチを箱に詰めるところや、職工の寄宿舎には、婦人もいる
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