て見るかね、と言葉をかけた。すると、
「タフト先生、タフト先生!」と、髪を長くのばした若い一人が繰りかえした。「お前さん達、タフト先生に用事があるんかね。」
「今夜、お伺いする約束がしてあるんだ。」
 山崎は、ためらい/\語をつゞけた。
「ふむ、む。おっつけ先生は二階からおりていらっしゃる時分だよ。」
「そうかね、それじゃ丁度いゝところへ来た訳だな。」
 彼は、うますぎる支那語の口が辷って、心にもない、反対のことを喋ってしまった。彼はタフトを知らなかった。タフトにこの場へやってこられるのは一番困ることだ。
 陳は、そこの支那人と並んで、腰かけに腰かけ、南京から何人くらい一緒にやって来たか、今夜はなお、あとから何人くらい来る見込みか、月給はいくら貰っているか、そんなことをたずねだした。
 山崎は、前門牌《チェンメンパイ》(煙草の名)を出してマッチをすった。――こいつが一本燃えつきてしまったら引きあげよう。彼は心できめた。前門牌が一本なくなるのは五分間だ。その間なら、タフトはまだやって来ない気が彼にはした。煙草一本を安全時間ときめる根拠は、全く迷信から来ていた。しかし、一度それをきめると、
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