それを実行した。山崎はそんな人間だった。
彼は、自分の煙草に火をつけると、口を切った前門牌の袋をそこに居る者達の前に出してすゝめたが、陳以外、誰も貰おうとする者がなかった。髪の長いさっきの男は、じっと、彼のつまさきから、頭の髪まで丹念に、ちびる程執拗に睨めながら、もう一度、タフト先生に、どんな用事かときゝ直した。
山崎は、敵意を持たれていると感じながら、日本の出兵に及んでいた陳長財の話に耳を奪われているものゝように、吸いこんだ煙を、そこにはき出して話のつゞきをとった。いくら日本軍がやって来たって、今度の北伐軍の前には、牛車に向かうとうろう[#「とうろう」に傍点]だよ、と笑った。
「あの鬼は、どこへやって来たって、人を食わずにゃ帰らねえや。」いな[#「いな」に傍点]頭の若い奴が憎々しげに口を出した。
「いや、あの……(鬼がと云おうとしたが、流石に自分を鬼とは云えなかった)日本軍が強いのは、正服を着た軍隊に対した時だけだよ。平常服の俺等にゃ、いくら日本軍でも手が出せめえ。」と山崎は訊ねるようにつゞけた。誰れも疑わしげに同意しなかった。
煙草はだん/\残り少なくなって来た。何気なげに、
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