シヤの植えこみに包まれた鈎《かぎ》型の第三、第四校舎の間で、焚火が見えた。若芽が伸びたアカシヤの葉末は、焚火に紅く染っていた。
「怖かないかね?」いざという場合には、自分の方が、一枚うわ手だと確信している陳長財は、冷かすように囁いた。「馬鹿! いらんことを喋っちゃいかん!」
 山崎は真面目に叱った。と同時に、アカシヤの幹と幹との間で、「誰れだ、そこへ来るんは?」という支那語の声がした。
 手にピストルを握っている有様が、遠くで燃え上った焚火にすけて見えた。
 用心してやがるんだな。相手がやり出せば、やぶれかぶれだ、畜生! と考えて、山崎は腰のブローニングに手をやった。
「タフト先生はいらっしゃるかね?」
 陳はやはり歩きながら訊ねた。顔をたしかめるため、黒い影はアカシヤの間から、近づいて来た。
「君は誰れだ?」と影は云った。
「師範部の学生だ。」
「名前は?」
「先生に、今夜、お伺いする約束がしてあるんだ。」山崎は横から支那語で呶鳴った。「学生が学校へ這入って行くんが、何故に文句があるんだい!」
 歩哨小屋のような門鑑の前をぬけて、柵をめぐらした校内に這入ると、彼は、陳長財のかげにかく
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