髄にしみこむのをものともせずに、幾ツも、幾ツも、彼女はそれをむさぼり食った。蜜柑の皮は窓のさきに放られてうず高くなった。その上へ、陰気くさい雨がびしょ/\と降り注いでいた。
 夜、一段ひくい納屋の向う側にある便所から帰りに、石段をあがりかけると、僕は、ふと嫂が、窓から顔を出して、苦るしげに、食ったものを吐こうとしている声をきいた。嫂はのどもとへ突き上げて来るものを吐き出してしまおうと、しきりにあせっていた。が、どうしても、出そうとするものがすっかり出ないで、さい/\生唾《なまつば》を蜜柑の皮の上へ吐きすてた。
 彼女は、もう、すべっこくも、美しくもなくなっていた。彼女は、何故か、不潔で、くさく、キタないように見えた。
 まもなく田植が来た。親爺もおふくろ[#「おふくろ」に傍点]も、兄も、それから僕も、田植えと、田植えのこしらえに額や頬に泥水がぴしゃぴしゃとびかゝる水田に這入って牛を使い、鍬で畦を塗り、ならし[#「ならし」に傍点]でならした。雨がやむと、蒸し暑い六月の太陽は、はげしく、僕等を頭から煎《い》りつけた。
 嫂は働かなかった。親爺も、おふくろも、虹吉も満足だった。親爺が満足した
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