その伯父が、男は、嫁を取ると、もうそれからは力が増して来ない。角力とりでも、嫁を持つとそれから角力が落ちる。そんなことをよく云っていた。
 十六の僕から見ると、二十三の兄は、すっかり、おとな[#「おとな」に傍点]となってしまっていた。
 兄は高等小学を出たゞけで、それ以外、何の勉強もしていなかった。それでも、彼と同じ年恰好の者のうちでは、誰れにも負けず、物事をよく知っていた。農林学校を出た者よりも。それが、僕をして、兄を尊敬さすのに十分だった。虹吉は、健康に、団栗林の中の一本の黒松のように、すく/\と生い育っていた。彼は、一人前の男となっていた。
 村には娘達がS町やK市へ吸い取られるように、次々に家を出て、丁度いゝ年恰好の女は二三人しかいなかった。町へ出た娘の中に虹吉が真面目に妻としたいと思った女が、一人か二人はあったかもしれない。しかし、町へ行った娘は、二年と経たないうちに、今度は青黄色い、へすばった梨のようになって咳をしながら帰って来た。そして、半年もすると血を吐いて死んだ。
 そのあとから、又、別の娘が咳をしながら帰って来た。そして、又、半年か、一年ぶら/\して死んだ。脚がぶく
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