ぬかすぞい! 卯の天保銭めが!」
 麦を踏み荒されたばかりで敷地となる田も畠もない持たない小作人は、露骨な反感を現わした。
「うちの田は、ちょっとのことではずれくさった。もう五間ほどあの電車道が、西へ振っとったら、うちにもボロイ銭が這入って来るんじゃったのに!」
 と、残念がっている者もあった。
「伊三郎にゃ、あれだけ土地を持っとって、どうしたんか、相談でもしたように、はずれとる。」おふくろは、他人の事を嬉しげに話をした。トシエが逃げ返った仇をこゝで取っているような気持だった。「かゝっとるんは、たった一枚だけで、ほかは、角だけ一寸ふれとるんが、二たところあるばっかしじゃ。」
「へへえ、そいつは面白い。」
 僕も、何か、気味たいのよさを感じた。
「それで、あしこにゃ、子供を学校へやった借金はあるし、年貢は、小作が、きちん/\と納めやせんし、くやん[#「くやん」に傍点]どるとい。」
「そいつもばち[#「ばち」に傍点]じゃ。かまうもんかい。」
 敷地に杭を打たれたところへは、麦を刈り取ったあとで、鍬《す》きも、耕しも、植付けもしなかった。夏は、青々とした雑草が、勝手きまゝにそこに繁茂した。秋
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