ば愛嬌だった。
彼女の家には、蕨や、いたどり[#「いたどり」に傍点]や、秋には松茸が、いくらでも土の下から頭をもちあげて来る広い、樹の茂った山があった。
「山なしが、山へ来とるげ……」
部落の子供達が四五人、或は七八人も、手籠を一つずつさげて、山へそう云うものを取りに行っている時、トシエは、見さげるような顔をして、彼女の家の山へは這入らせまいとした。
子供なりに僕は、自分の家に、一枚の山も、一段歩の畠も持っていないのを、引け目に感じた。それをいまだに覚えている。その当時、僕の家には、田が、親爺が三年前、隣村の破産した男から二百八十円で買ったのが一枚あるきりだった。それ以外は、すべてよそから借りて作っていた。買った田も、二百円は信用組合に借金となっていた。何兵衛が貧乏で、何三郎が分限者《ぶげんしゃ》だ。徳右衛門には、田を何町歩持っている。それは何かにつれて、すぐ、村の者の話題に上ることだ。人は、不動産をより多く持っている人間を羨んだ。
それが、寒天のような、柔かい少年の心を傷つけずにいないのは、勿論だった。
僕は、憂鬱になり、腹立たしくなった。
「俺れんちにも、こんな蕨や、いた
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