部の酒保の二階――たしかそうだったと思っている――で脚気衝心で死ぬ。そういうことが書いてある。こゝでは、戦争に対する嫌悪、恐怖、軍隊生活が個人を束縛し、ひどく残酷なものである、というようなことが、強調されている。家庭での、平和な生活はのぞましいものである。戦場は、「一兵卒」の場合では、大なる牢獄である。人間は、一度そこへ這入ると、いかにもがいても、あせっても、その大なる牢獄から脱することが出来ない。――こゝに、自然主義の消極的世界観がチラッと顔をのぞけている。
 戦争は悪い。それは、戦争が人間を殺し、人間に、人間らしい生活をさせないからである。そこでは、人間である個人の生活がなくなってしまう。常に死に対する不安と恐怖におびやかされつゞけなければならない。だから戦争は、悪く、戦争は、いやな、嫌悪さるべきものである。
 これは、個人主義的な立場からの一般的戦争反対である。所謂、自我に目ざめたブルジョアジーの世界観から来ている。この傾向をもっとはっきり表現しているのは、与謝野晶子の新体詩である。それは、明治三十七年、十月頃の「明星」に出た。題は、「君死にたまふことなかれ」という。弟が旅順口包
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