れっぽちしか入れてねえんは。」市三が、さきに押して来てあった鉱車《トロ》を指さして、役員の阿見が、まつ毛の濃い奥目で、そこら中を睨めまわしていた。「いくら少ないとてケージは、やっぱし一ツ分占領するんだぞ。」
 ほかの者は、互いに顔を見合っていた。市三は、さきの鉱車《トロ》よりも、もっと這入り方が少ない今度のやつを役員の眼前にさらすのは、罪をあばかれるように辛かった。鉱車《トロ》ごと、あとへ引っかえしたかった。しかし、うしろからは、導火線に点火し終った井村がカンテラをさげ、早足に、しかもゆったりとやって来た。――そのカンテラがチラ/\見えた。それは、途中で、支坑へそれた。
 市三は、ケージから四五間も手前で鉱車《トロ》を止めた。そして、きまり悪るげにおど/\していた。
「あンちき生、課長や、山長さんにゃおべっかばっかしこけやがって!」
 阿見がケージをたゞ一人で占領して上へあがると、びっこの爺さんが笑い出した。
 市三は、罪人のようにいつまでも暗いところで小さく悄《しょ》げこんでいた。
「何だい、おじ/\すんなよ。」
「うむ。」
「あいつはえらばってみたいんだ。何だい、あんな奴が。」
 
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