ぽい長い湿った石のほこりは、長くのばした髪や、眉、まつげにいっぱいまぶれついていた。
汚れた一枚のシャツの背には、地図のように汗がにじんでいた。そして、その地図の区域は次第に拡大した。
「さ、這入ったよ。」
タエは、鉱車《トロ》を押し出す手ご[#「手ご」に傍点]をした。
それは六分目ほどしか這入っていなかった。市三は、枕木を踏んばりだした。背後には、井村が、薄暗いカンテラの光の中に鑿岩機をはずし、ハッパ袋をあけていた。
井村は、飴ン棒のようなハッパを横にくわえ、ミチビを雷管にさしこむと、それをくわえているハッパにさしこんだ。
「おい、おい、女《にょ》ゴ衆、ドンと行くぞ。」
「タエの尻さ、大穴もう一ツあけるべ。」
婆さんがうしろで冷かしていた。
市三は、岩の破れ目から水滴《しずく》が雨だれのようにしたゝっているところを全力で通りぬけた。
あとから女達が闇の中を早足に追いついて来た。暫らく、市三の脇から鉱車《トロ》を押す手ごをしたが、やがて、左側の支坑へそれてしまった。
竪坑の電球が、茶色に薄ぼんやりと、向うに見えた。そして、四五人の人声が伝って来た。
「誰れだい、たったこ
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