で東京あたりの一円五十銭も二円もにかけ合うべ。――
僅か七十銭の賃銀を、親じはこんな考え方で慰めていた。その只の長屋も、家に働く者がなくなれば追い立てをくうのだ。
市三は、どれだけ、うら/\と太陽が照っている坑外《おか》で寝ころんだり、はねまわったりしたいと思ったかしれない。金を出さずに只でいくらでも得られる太陽の光さえ、彼は、滅多に見たことがなかった。太陽の値打は、坑内へ這入って、始めて、それにどれだけの値打があるか分ってきた。今は、蟻のような孔だらけの巨大な山の底にいる。昇降機《ケージ》がおりて来る竪坑を中心にして、地下百尺ごとに、横坑を穿ち、四百尺から五百尺、六百尺、七百尺とだん/\下へ下へ鉱脈を掘りつくし、現在、八百尺の地底で作業をつゞけている。坑外《おか》へ出るだけでも、八百尺をケージで昇り、――それは三越の六倍半だ――それから一町の広い横坑を歩かねばならない。
井村は女達の奥で鑿岩機を操っていた。タガネが、岩の肌にめりこんで孔を穿って行くに従って、石の粉末が、空気に吹き出されて、そこら中いっぱいにほこりが立った。井村は鼻から口を手拭いでしばり、眼鏡をかけていた。黄色ッ
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