分らなかった。脚や腰がすくみ上って無茶に顫えた。
「井村!」奥の方からふるえる声がした。
「おい土田さん。」
「三宅! 三宅は居るか! 柴田! 柴田! 森!」
助けを求める切れ/″\の呻きが井村の耳に這入ってきた。彼も仲間の名を呼んだ。湿っぽい空気にまじって、血の臭いが鼻に来た。女の柔かい肉体が血と、酸っぱい臭いを発しつゝころがっていた。
井村は恐る/\そこらへんを、四ツン這いになってさぐりまわった。
……暫らくして、カンテラと、慌てた人声が背後に近づいて来た。ほかの坑道にいた坑夫達がドエライ震動と、轟音にびっくりして馳せつけたのだ。彼等も蒼白《まっさお》になっていた。
井村は新しいカンテラでホッとよみがえった気がした。今まで、鉱車《トロ》や、坑木に蹲った坑夫や、女達や、その食い終った空の弁当箱などがあったその上へ、いっぱいに、新しい、うず高い岩石の山が落ちかゝっていた。そして、多くの人間は見えなかった。山のような岩の大塊のかげに、蒼白《まっさお》にぶるぶる顫えている幽霊のような顔が二ツ三ツちらちらしたばかりだ。「これだけしか生き残らなかったんだ!」突嗟《とっさ》に井村は思った
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