「あいつの云うことを聞く者がだいぶ有りそうかな?」
「さあ、それゃ、中にゃ有るわい。やっぱりえゝ豚がよその痩せこつ[#「こつ」に傍点]と変ったりすると自分が損じゃせに。」
「そんな、しかし一寸した慾にとらわれていちゃ仕様がない。……それじゃ、初めっから争議なんどやらなきゃええ。」健二はひとりで憤慨する口吻になった。
 親爺は、間を置いて、
「われ、その仔はらみも放すつもりか?」と、眼をしょぼしょぼさし乍《なが》らきいた。
「うむ。」
「池か溝《どぶ》へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。」
「そんなこた、それゃ我慢するんじゃ。」健二は親爺にばかりでなく、自分にも云い聞かせるようにそう云った。
 親爺は嘆息した。
 柵をはずして、二人が糞に汚れた敷藁を出して新らしいのに換えていると、にや/\しながらいつも他人の顔いろばかり伺っている宇一がやって来た。
 豚が新らしい敷藁を心地よがって、床板を蹴ってはねまわった。
「お主ンとこにゃちゃんと放す用意が出来とるかい?」と健二は相手を見た。
「あゝ。」宇一はあいまいな返事だった。
「いざという場合に柵がはずれなん
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