ような不思議な夜だった。
 あくる日も、中山服は、やはり、その家の中にいた。こちらが顔を出すと、向うも、やはり窓から顔を出す。そして、昨日のように間が抜けたニコ/\笑いをして見せた。と、こちらも、それに対して、怒りを以てむくいることは出来なかった。思わず、ニタ/\と笑ってしまった。そういう状態がしばらくつゞいた。
 お昼すぎ、飯盒で炊いた飯を食い、コック上りの吉田が豚肉でこしらえてよこしたハムを罐切りナイフで切って食った。浜田は、そのあまりを、新しい手拭いに包んで、××兵にむかって投げてやった。
「そら、うめえものをやるぞ!」と、彼は支那語で叫んだ。
「ようし!」
 相手は答えた。
 手拭いに包んだハムの片《きれ》が、支那兵の家に到る途中に落ちると、支那兵は、一時に、三人もころげるようにとび出してきて、嬉しげに罵りながらそれを拾った。今度は彼等がボロ切れに包んだものを出して見せた。
「酒が行くぞ!」向うから叫んだ。
「何だ?」相手の云う支那語は、早口で、こちらには分らなかった。が、まご/\しているうちに、ボロ切れに包んだものが風を切って、浜田の前に落ちた。中には、支那酒の瓶が入っていた
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