ものか、瞬間、迷った。ほかの七人も棒立ちになって、一人の中山服を見つめた。若し、支那兵が一人きりなら、それを片づけるのは訳のない仕事だ。しかし、機関銃を持って十人も、その中にかくれているか、或は、銃声をきゝつけて、附近から大部隊がやって来るとすると、こちらがみな殺しにされないとは云えない。一里の距離は、彼等に、本隊への依頼心を失わせてしまった。そして、軍曹から初年兵の後藤にいたるまで、自分たちはたゞ、自分たち八人だけだという感じを深くした。
 中山服は、彼等を見ると、間が抜けたようにニタ/\と笑った。つゞいて、あとからも一人顔を出した。それも同じように間が抜けた、のんびりした顔でニタ/\と笑った。
「何ンだい、あいつら笑ってやがら!」
 今にも火蓋を切ろうとしていた、彼等の緊張はゆるんだ。油断をすることは出来なかった。が、このまゝ、暫らく様子を見ることにした。
 どちらも、後方の本陣へ伝令を出すこともなく、射撃を開始することもなく、その日はすぎてしまった。しかし、不安は去らなかった。その夜は、浜田達にとって、一と晩じゅう、眠ることの出来ない、奇妙な、焦立《いらだ》たしい、滅入《めい》る
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