それに正月の用意もしなければならない。
自分の常着《つねぎ》も一枚、お里は、ひそかにそう思っていたが、残り少ない金を見てがっかりした。清吉は、失望している妻が可愛そうになった。
「それだけ皆な残さずに使ってもえいぜ。また二月にでもなれゃ、なんとか金が這入《はい》っ来《こ》んこともあるまい。」と云った。
「えゝ。……」
声が曇って、彼女は下を向いたまゝ彼に顔を見せなかった。……
正月二日の初売出しに、お里は、十円握って、村の呉服屋へ反物を買いに行った。子供達は母の帰りを待っていたが、まもなく友達がさそいに来たので、遊びに行ってしまった。清吉は床に就いて寝ていた。
十時過ぎにお里が帰って来た。
「一寸、これだけ借りて来てみたん。」彼女は、清吉の枕頭《まくらもと》に来て、風呂敷包を拡げて見せた。
染め絣《がすり》、モスリン、銘仙絣、肩掛、手袋、などがあった。
「これ、品の羽織にしてやろうと思うて……」
と彼女は銘仙絣を取って清吉に見せた。
「うむ。」
「この縞は綿入れにしてやろうと思うて――」
「うむ。」
お里は、よく物を見てから借りて来たのであろう反物を、再び彼の枕頭に拡げて
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