木は、三百|束《たば》ばかりあった。それだけを女一人で海岸まで出すのは容易な業ではなかった。
お里が別に苦しそうにこぼしもせず、石が凸凹している嶮しい山路を上り下りしているのを見ると、清吉はたまらなかった。
「ひまがあったら、木を出せえ。」彼は縫物屋が引けて帰ったお品に云いつけた。
「きみ[#「きみ」に傍点]も出すか、一|束《わ》出したら五銭やるぞ。」
姉よりさきに帰っている妹にも云った。きみはまだ小さくて、一束もよく背負えなかったが、
「一|束《わ》に五銭呉れるん。そんなら出さあ。」
きみは、口を尖らして、眼をかゞやかした。
「出すことなるか?」
「うん、出さあ。一束よう出さなんだら、半束ずつでも出さあ。」
「そうかい。」彼は笑った。
三
木代が、六十円ほどはいったが、年末節季の払いをすると、あと僅かしか残らなかった。予め心積りをしていた払いの外に紺屋や、樋直し、按摩賃、市公《いちこう》の日傭賃《ひようちん》などが、だいぶいった。病気のせいで彼はよく肩が凝った。で、しょっちゅう按摩を呼んでいた。年末にツケを見ると、それだけでも、かなり嵩《かさ》ばっていた。
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