そいので彼は訝《いぶか》った。
 下駄の音は、門をはいってから、忍び足をしているのか、低くなっていた。彼がじいっと耳を澄ますと、納屋《なや》で蓆《むしろ》や空俵《あきたわら》を置き換えている気配がした。まもなく、お里が喉頭《のどもと》に溜った痰を切るために「ウン」と云って、それから、小便をしているのが聞えて来た。
「隠したな。」と清吉は心で呟いた。
 妻は、やはり反物をかえさずに持って帰って、納屋の蓆か空俵の下に隠したんだな、と彼は思った。
 心臓の鼓動が激しくなった場合に妻の喉頭に痰が溜って、それを切ろうとして「ウン、ウン!」というのも彼はよく知っていた。
 彼は、もう妻の身振りも、顔色も、眼も見る必要がないと思った。すべてが分ったような気がした。が、それを彼女に知らせず、何気ない風をよそうていようとした。そして、彼女の仕出かしたことに対してはなるだけ無関心でいようとした。けれども彼の神経は、知らず/\、妻の一挙一動に引きつけられた。お里は小便をすますと、また納屋へ行って、こそ/\していた。そして、暫らくして台所へ這入って来た。
 清吉は眼をつむって、眠むった振りをしていた。妻は、風
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