来て居るからそれで知っとるんです。」
「そう弁解しなくたって君、何も悪いとは云ってやしないよ。」
曹長は笑い出した。
「そうですか。」
慌てゝはいけないと思った。
曹長は、それから、彼の兄弟のことや、内地へ帰ってからどういう仕事をしようと思っているか、P村ではどういう知人があるか、自分は普通文官試験を受けようと思っているとか、一時間ばかりとりとめもない話をした。曹長は現役志願をして入営した。曹長にしては、年の若い男だった。話し振りから、低級な立身出世を夢みていることがすぐ分った。彼は、何だ、こんな男か、と思った。
二人が話している傍へ、通訳が、顔の平べったい、眉尻の下っている一人の鮮人をつれて這入って来た。阿片の臭いが鼻にプンと来た。鰌髭《どじょうひげ》をはやし、不潔な陋屋の臭いが肉体にしみこんでいる。垢に汚れた老人だ。通訳が、何か、朝鮮語で云って、手を動かした。腰掛に坐れと云っていることが傍にいる彼に分った。だが鮮人は、飴のように、上半身をねち/\動かして、坐ろうとしなかった。
「坐れ、なんでもないんだ。」
老人は、圧えつけられた、苦るしげな声で何か云った。
通訳がさきに
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