、彼の側に坐った。そして、も一度、前と同様に手を動かした。
老人は、机のはしに、丸い爪を持った指の太い手をついて、急に座ると腰掛が毀れるかのように、腕に力を入れて、恐る/\静かに坐った。
朝鮮語の話は、傍できいていると、癇高く、符号でも叫んでいるようだった。滑稽に聞える音調を、老人は真面目な顔で喋《しゃべ》っていた。黄色い、歯糞のついた歯が、凋《しお》れた唇の間からのぞき、口臭が、喇叭状《ラッパじょう》に拡がって、こっちの鼻にまで這入ってきた。彼は、息を吐きかけられるように不潔を感じた。
「一寸居ってくれ給え。」
曹長は、刑法学者では誰れが権威があるとか、そういう文官試験に関係した話を途中でよして、便所へ行くものゝのように扉の外へ出た。
彼は、老人の息がかゝらないように、出来るだけ腰掛の端の方へ坐り直した。彼は、癇高い語をつゞけている通訳と老人の唇の動き方を見た。老人は苦るしげに、引きつっているような舌を動かしている。やがて通訳も外へ出てしまった。年取った鮮人と、私とが二人きりで、部屋の中に残された。二人はお互いに、相手の顔や身体を眺めあった。老人は、鮮人に共通した意気の揚らな
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