る者が、何者かにびっくりしたもののようにパチパチうちだした。
 小屋の中に誰もかくれていないことがたしかめられた。一列に散らばっていた兵士達は遠くから小屋をめがけて集って来た。
 小屋には、つい、二三時間前まで人間が住んでいた痕跡が残っていた。檐《のき》の鶏小屋には餌が木箱に残され、それがひっくりかえって横になっていた。扉《ドア》は閉め切ってあった。屋内はひっそりして、薄気味悪く、中にはなにも見えなかった。
 兵士は扉の前に来て、もしや、潜伏している者の抵抗を受けやしないか、再びそれを疑った。彼等は躊躇《ちゅうちょ》して立止った。誰れかさきに扉を開けて這入って行きさえすれば、あとは、すぐ、皆ながおじけずになだれこんで行ける。が、その皮切りをやる者がなかった。
「栗本、貴様行け。」
 煙草を吸っていた吉川をとがめた軍曹が云った。
 栗本は、なにか反感のようなものを感じながら、
「うむ、行くか!」
 そう云って、立ちふさがっている者達を押しのけて扉の前へ近づいた。「大きななりをして、胆力のないやつばかりだ。」そこらにいる者をさげすむように、腹の中で呟《つぶや》いた。彼の腰は据《すわ》ってき
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