残りをよこせ!」
 白樺の下で、軍曹が笑い声でこんなことを云っているのが栗本に聞えてきた。
 栗本は銃を杖にして立ち上った。
 兵士達は、靴を引きずりながら、草の上を進んだ。彼等は湿って水のある方へ出て行った。草は腰の帯革《たいかく》をかくすくらいに長く伸び茂っていた。
「見えるぞ、見えるぞ!」
 右の踏みならされた細道を進んでいる永井がその時、低声《こごえ》に云った。ロシアの女を引っかけるのに特別な手腕を持っている永井の声はいくらか笑《えみ》を含んでいた。
 栗本は、永井が銃をさし出した方を見た。
 靄に蔽《おお》われて、丘の斜面に木造の農家が二軒おぼろげに見えた。
「ここだ。ここがユフカだな。」
 そう思った。が、その実、そこはユフカではなかった。
 兵士達は、小屋にパルチザンがかくれていて、不意に捨身の抵抗を受けるかもしれないと予想した。その瞬間、彼等は緊張した。栗本の右側にいる吉田は白樺に銃身をもたして、小屋を射撃した。銃声が霧の中にこだまして、弾丸《たま》が小屋の積重ねられた丸太を通して向うへつきぬけたことがこちらへ感じられた。吉田はつづけて三四発うった。
 森の中を行ってい
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