けて走《は》せて来る汚れた短衣や、縁なし帽がバタバタ人形をころばすようにそこに倒れた。
「無茶なことに俺等を使いやがる!」栗本は考えた。
傾斜面に倒れた縁なし帽や、ジャケツのあとから、また、ほかの汚れた短衣やキャラコの室内服の女や子供達が煙の下からつづいて息せき現れてきた。銃口は、また、その方へ向けられた。パッと硝煙が上った。子供がセルロイドの人形のように坂の芝生の上にひっくりかえった。
汚れたジャケツは、吃驚《びっくり》して、三尺ほど空へとび上った。何事が起ったのか一分間ばかりジャケツが理解できないでいるさまが兵士達に見えた。
ジャケツに抱き上げられた子供は泣声を発しなかった。死んでいたのだ。
「おい撃方《うちかた》やめろ!――俺等は誰のためにこんなことをしてるんだい!」
栗本が腹立たしげに云った。その声があまりに大きかったので機関銃を持っている兵士までが彼の方へ振り向いた。
「百姓はいくら殺したってきりが有りゃしない。俺達はすきこのんで、あいつ等をやっつける身分かい!」彼はつづけた。「こんなことをしたって、俺達にゃ、一文だって得が行きゃしないんだ!」
機関銃の上等兵は、少
前へ
次へ
全34ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング