煙が村の上に低迷した。狙撃砲からは二発目、三発目の射撃を行った。それは何を撃つのか、目標は見えなかった。やたらに、砲先の向いた方へ弾丸をぶっぱなしているのであった。
「副官、中隊を引き上げるように命令してくれ!」
 大隊長は副官を呼んだ。
「それから、機関銃隊攻撃用意!」
 村に攻めこんだ歩兵は、引き上げると、今度は村を包囲することを命じられた。逃げだすパルチザンを捕《つか》まえるためだ。
 カーキ色の軍服がいなくなった村は、火焔と煙に包まれつつ、その上から、機関銃を雨のようにばらまかれた。
 尻尾を焼かれた馬が芝生のある傾斜面を、ほえるように嘶《いなな》き、倒れている人間のあいだを縫って狂的に馳せまわった。
 女や、子供や、老人の叫喚が、逃げ場を失った家畜の鳴声に混って、家が倒れ、板が火に焦げる刺戟的な音響や、何かの爆発する轟音《ごうおん》などの間から聞えてくる。
 見晴しのきく、いくらか高いところで、兵士は、焼け出されて逃げてくる百姓を待ち受けて射撃した。逆襲される心配がないことは兵士の射撃を正確にした。
 こっちに散らばっている兵士の銃口から硝煙がパッと上る。すると、包囲線をめが
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