家畜は、そこら中で悲しげにほえていた。
「父うちゃんこんなところへ穴を掘ってどうするの?」
「おじいさんがここんとこでねむるんだよ。」
 村の者は、その時、誰れも、日本人に対する憎悪を口にしなかった。
しかし、日本人に対する感情は、憎悪を通り越して、敵愾心になっていた。彼等は、×××を形容するのに、犬という動物の名前を使いだした。
 彼等は、自分の生存を妨害する犬どもを、撃滅してしまわずにはいられない欲求に迫られてきた。…………
 ウォルコフは、憎悪に満ちた眼で窓から、丘に現れた兵士を見ていた。
 丘に散らばった兵士達は、丘を横ぎり、丘を下って、喜ばしそうに何か叫びながら、村へ這入ってきた。そのあとへ、丘の上には、また、別な機関銃を持った一隊が現れてきた。
 犬どもが、どれほどあとからやってきているか、それは地平線が森に遮られて、村からは分らなかった。森の向うは地勢が次第に低くなっているのだ。けれども、ウォルコフは、犬どもの、威勢が、あまりによすぎることから推察して、あとにもっと強力な部隊がやって来ていることを感取した。
 村に這入ってきた犬どもは、軍隊というよりは、むしろ、××隊だった。彼等は、扉口に立っている老婆を突き倒して屋内へ押し入ってきた。武器の捜索を命じられているのだった。
「こいつ鉄砲をかくしとるだろう。」
「剣を出せ!」
「あなぐらを見せろ!」
「畜生! これゃ、また、早く逃げておく方がいいかもしれんて。」
近づいて来る叫声を耳にしながら、ウォルコフは考えた。
「銃を出せ!」
「剣を出せ!」
 兵士達は、それを繰りかえしながら、金目になる金や銀でこしらえた器具が這入っていそうな、戸棚や、机の引出しをこわれるのもかまわず、引きあけた。
 彼等は、そこに、がらくたばかりが這入っているのを見ると、腹立たしげに、それを床の上に叩きつけた。

 永井は、戦友達と共に、谷間へ馳せ下った。触れるとすぐ枝から離れて軍服一面に青い実が附着する泥棒草の草むらや、石崖や、灌木の株がある丘の斜面を兵士は、真直に馳せおりた。
 ここには、内地に於けるような、やかましい法律が存在していないことを彼等は喜んだ。責任を問われる心配がない××××と××は、兵士達にある野蛮な快味を与える。そして彼等を勇敢にするのだった。
 武器の押収を命じられていることは、殆《ほと》んど彼等の念頭にな
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