パルチザン・ウォルコフ
黒島伝治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)牛乳色《ちちいろ》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)四五露里|距《へだた》っている
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)日本の兵たい[#「たい」に傍点]がやられました。
×:伏せ字
(例)また××の犬どもがやって来やがったか。
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一
牛乳色《ちちいろ》の靄《もや》が山の麓《ふもと》へ流れ集りだした。
小屋から出た鵝《がちょう》が、があがあ鳴きながら、河ふちへ這って行く。牛の群は吼《ほ》えずに、荒々しく丘の道を下った。汚れたプラトオクに頭をくるんだ女が鞭を振り上げてあとからそれを追って行く。ユフカ村は、今、ようよう晨《あした》の眠りからさめたばかりだった。
森の樹枝を騒がして、せわしい馬蹄の音がひびいてきた。蹄鉄に蹴られた礫《こいし》が白樺《しらかば》の幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸《たま》のケースをさした帯皮を両肩からはすかいに十文字にかけた男が乗っていた。
騎馬の男は、靄に包まれて、はっきりその顔形《かお》が見分けられなかった。けれども、プラトオクに頭をくるんだ牛を追う女は、馬が自分の傍を通りぬける時、なつこい声をかけた。
「ミーチャ!」
「ナターリイ。」
騎者の荒々しい声を残して、馬は、丘を横ぎり、ナターリイの前を矢のように走り抜けてしまった。
暫《しば》らくすると、再び森の樹枝が揺れ騒ぎだした。そして、足並の乱れた十頭ばかりの馬蹄の音が聞えて来た。日本軍に追撃されたパルチザンが逃げのびてきたのだ。
遠くで、豆をはぜらすような小銃の音がひびいた。
ドミトリー・ウォルコフは、(いつもミーチャと呼ばれている)乾草《ほしくさ》がうず高く積み重ねられているところまで丘を乗りぬけて行くと、急に馬首を右に転じて、山の麓の方へ馳《は》せ登った。そこには屋根の低い、木造の百姓家が不規則に建ち並んでいた。馬は、家と家との間の狭い通りへ這入《はい》って行った。彼は馬の速力をゆるくした。そして、静かに、そこらにある車や、木切れなどを蹴散らさないように用心しいしい歩んだ。栗毛の肉のしまった若々しい馬は全速力で馳せのがれて来たため、かなり疲れて、呼吸がは
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