情には、憎悪と敵愾心《てきがいしん》が燃えていた。それがいつまでも輝いている大きい眼から消えなかった。
四
百姓たちは、たびたび××の犬どもを襲撃した経験を持っていた。
襲撃する。追いかえされる。又襲撃する。又追いかえされる。負傷する。
彼等は、それを繰りかえしていた。そのうちに彼等の憎悪と敵愾心はつのってきた。
最初、日本の兵士を客間に招待して紅茶の御馳走をしていた百姓が、今は、銃を持って森かげから同じ兵士を狙撃《そげき》していた。
彼等の村は犬どもによって掠奪され、破壊されたのだ。
ウォルコフもその一人だった。
ウォルコフの村は、犬どもによって、一カ月ばかり前に荒されてしまった。彼は、村の牧者だった。
彼は村にいて、怒った日本の兵タイが近づいて来るのを知ると、子供達をつれて家から逃げた。ある夕方のことだった。彼は、その時のことをよく覚えている。一人の日本兵が、斧《おの》で誰れかに殺された。それで犬どもが怒りだしたのだ。彼は逃げながら、途中、森から振りかえって村を眺めかえした。夏刈って、うず高く積重ねておいた乾草が焼かれて、炎が夕ぐれの空を赤々と焦がしていた。その余映は森にまで達して彼の行く道を明るくした。
家が焼ける火を見ると子供達はぶるぶる顫《ふる》えた。「あれ……父《と》うちゃんどうなるの……」
「なんでもない、なんでもない、火事ごっこだよ。畜生!」彼は親爺《おやじ》と妹の身の上を案じた。
翌朝、村へ帰ると親爺は逃げおくれて、家畜小屋の前で死骸《しがい》となっていた。胸から背にまでぐさりと銃剣を突きさされていた。動物が巣にいる幼い子供を可愛がるように、家畜を可愛がっていたあの温《おとな》しい眼は、今は、白く、何かを睨みつけるように見開《みひらか》れて動かなかった。異母妹のナターリイは、老人の死骸に打倒れて泣いた。
長男は、根もとから折られた西洋桜を、立てらしてつぎ合わそうとした。それは、春、長男が山から掘ってきて、家の前に植えたものだ。子供は、つぎ合わせば、それがいきつくもののように、熱心に、倒れようとする桜を立てらした。しかし、駄目だった。
壊された壁の下から鍬《くわ》を引っぱり出して、彼は、親爺の墓穴を掘りに行った。
村中の家々は、目ぼしい金目になるようなものを掠奪せられ、たたきつぶされていた。餌がなくて飢えた
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