かった。快活らしい元気な表情の中には、ただ、ゼーヤから拾ってきた砂金を掴み取り、肌の白い豊満な肉体を持っているバルシニヤを快楽する、そのことばかりでいっぱいだった。
 永井は、ほかの者におくれないように、まっしぐらに突進した。着剣した、兵士の銃と銃、剣と剣が触れあって、がちゃがちゃ鳴ったり、床尾板《しょうびはん》がほかの者の剣鞘をはねあげたりした。
「栗本、なに、ぐずぐずしてるんだ! 早く進まんか!」
 軍曹がうしろの方で呶鳴っているのを永井は耳にした。が、彼は、うしろへ振りかえろうともしなかった。
 少尉が兵士達の注意を右の方へ向けようとして、何やら真剣に叫んで、抜き身の軍刀を振り上げながら、永井の傍を馳せぬけた。しかし、それが何故であるか、永井には分らなかった。彼の頭の中には娘の豊満な肉体を享楽するただそのことがあるばかりだった。
「看護卒!」
 どっかで誰れかが叫んだ。しかし、それも何故であるか分らなかった。そして、叫声は後方へ去ってしまった。
「突撃! 突撃ッ!」
 小さい溝をとび越したところで少尉は尻もちをついて、軍刀をやたらに振りまわして叫んでいた。少尉の軍袴《ズボン》の膝のところは、血に染んでいた。兵士は、左右によけて、そこを通りぬけた。火薬の臭いが、永井の鼻にぷんときた。
 すぐ眼のさきの傾斜の上にある小高い百姓家の窓から、ロシア人が、こっちをねらって射撃していた。
「何しにこんなところまで、おりてきたんだい。俺れゃ、人をうち殺すのにゃ、もうあきあきしちゃったぞ!」
 栗本は、進撃の命令を下した者に明かな反感を現して呶鳴った。
 が、誰れも、何も云わなかった。
 兵士達はロシア人をめがけて射撃した。

 大隊長とその附近にいた将校達は、丘の上に立ちながら、カーキ色の軍服を着け、同じ色の軍帽をかむった兵士の一団と、垢《あか》に黒くなった百姓服を着け、縁のない頭巾《ずきん》をかむった男や、薄いキャラコの平常着を纏《まと》った女や、短衣をつけた子供、無帽の老人の群れが、村に蠢《うごめ》き、右往左往しているのを眺めていた。カーキ色の方は、手あたり次第に、扉《ドア》を叩き壊し、柱を押し倒した。逃げて行く百姓の背を、うしろから銃床で殴りつける者がある。剣で突く者がある。煮え湯をあびせられたような悲鳴が聞えて来た。
「あァ、あァ、あァ。」語学校を出て間がない、若い
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