取れえ!」
 と、祖母は云ったが、父母は、じろりと彼を見て、放っとけというような顔をした。

 二三日、休んでいるうちに、家族には、風邪でないことが明かになった。
 二日目の朝、頬冠りを取って顔を洗っていると、祖母は、彼の頭に血がにじんだ跡があるのを見つけた。
「どうしたんどいや。醤油屋で何どあったんかいや!」
 父母が毎日のように山仕事に出かけたあとで祖母は彼にきいた。
「いいや。」
 彼は、別に何も云わなかった。
 五日目の晩に、父は、
「そんなに遊びよったら、ふよごろ[#「ふよごろ」に傍点](なまけ者のこと)になってしまうぞ!」と云った。
「己《お》らあ、もう醤油屋へは行かんのじゃ。」
 京一は、何か悲しいものがこみ上げてきて言葉尻がはっきり云えなかった。
「醤油屋へ行かずにどうするんどい? 遊びよったら食えんのじゃぞ!」
 京一は、ついに、まかないの棒のことを云い出して、涙声になってしまった。むつかしい顔をして聞いていた父は、
「阿呆が、うかうかしよるせに、他人になぶり者にせられるんじゃ。――そんなまかないの棒やかいが、この世界にあるもんかい!」
 あくる朝、父は山仕事に出る前
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