に、
「今日は、もう仕事に行け!」
 といかつく京一に云いつけた。
「いや、己らは山へ行く。」
「阿呆めが! 山へ行たってどればも銭は取れんのに、仕様があるかい。醤油屋へ行け!」
 それでも、醤油屋へ行きたくなくなって、彼は、十時頃まで日向ぼっこをしていた。
「われが一人でよう行かんのなら、おばあ[#「おばあ」に傍点]がつれて行てやろうか。――行かなんだら、お父うが戻ってまた怒るぞ。」
 祖母はすやすや寝ている小さい弟を起して、古い負いこに包んで背負うと、彼を醸造場へつれて行った。年が寄って寒むがりになった祖母は、水鼻を垂らして歩きながら、背の小さい弟をゆすり上げてすかした。

 醸造場へ行くと、彼女は、孫の仁助に、京一をそう痛めずに使うてやってくれと頼んだ。
 京一は、きまり悪るそうに片隅に小さく立っていた。忙しそうに水を担っている若者等は、京一の顔をぬすみ見て、くっくっ笑った。
[#地から1字上げ](一九二三年十二月)



底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
   1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を
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