いたと思われた。もうそれより外に、まかない棒という名の付きそうな棒はなかった。彼は、その棒を持って、焚き火の方へ行って、古江の傍に黙って立って居た。
「持って来たんかい。」
 古江の鬚面は焚き火で紅くほてっていた。
「は。」
 十人ばかりの焚き火を取り巻いている労働者達は、一様に京一を見て、くっくっ笑った。
「それがまかない棒かい?」
「よう…………」
「どら、こっちへおこせ!」
 従兄は団栗眼を光らして、京一の手から丸太棒を引ったくった。そして、いきなり、棒を振り上げて、京一の頭をぐゎんと殴って、腹立たしそうに、それを傍の木屑の上に投げつけた。
「これがまかないの棒じゃ?」
「ははははは……」労働者達は、一時にどっと笑い出した。
 京一は、眼が急にかっと光ったように思った。すると、それから頭の芯がじいんと鳴りだした。痛みが頭の先端から始まって、ずっと耳の上まで伝ってきた――皆は、まだ笑っている。急に、泣きたいと思わぬのに涙が出て来た。彼は、涙を他人《ひと》に見られまいとして、俯向いて早足にそこを去った。そして、醤油を煮ている釜の傍の大きな煉瓦の煙突の下に来た。涙は、なおつづいて出た。
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