鼻を鳴らしてこう云った。
「なに、臭いもんか。」
「臭《くさ》のうてか。われ自分でわからんのじゃ。」
山仕事から帰った父母は、うまそうに芋を食っていた。
京一は、山の仕事を思った。鋸で立っている樹を伐り倒すということは面白味のあることだった。霰の降るような日にでも山で働いていると汗が出た。麦飯の弁当がこの上なくうまかった。
槽を使うのは、醤油屋の仕事に慣れた髯面の古江という男がやった。京一は、いつも桃桶で諸味を汲む役をやらせられた。桃桶を使うのは、一番容易な、子供にでもやれる仕事だった。古江が両手で醤油袋の口を開けて差し出して来る。その口へ桃のように一方の尖った桶で諸味をこぼさないように入れるのだ。子供にでもやれる仕事とは云え、京一は肩がこったり、腕が痛んだりした。
耳がやはりじいんと鳴っていた。忙しく諸味を汲み上げるあいまあいまに、山で樹液のしたたる団栗《どんぐり》を伐っていることが思い出された。白い鋸屑《のこくず》が落葉の上に散って、樹は気持よく伐り倒されて行く。樹の倒れる音響に驚いて小鳥がけたたましく囀って飛びまわる。……山仕事の方がどれだけ面白いかしれない……
「チェッ
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